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私がジャニヲタになるまで②偏見の崩壊

前回の記事では、私が大倉くんに出会うまでの経緯を書かせていただきました。

今回はそこから現在に至るまでについて書いていきます。

 

mxdxrxtxn.hateblo.jp

 

高橋優さんを知り、オールナイトニッポン枠で放送されているラジオ番組「大倉くんと高橋くん」を知りました。

 

出会った、とは言っても関ジャニ∞のことは知っていました。

中学2~3年の頃、同じクラスに安田担の女の子がいたからです。

彼女とは同じ班になることがあり、いつも嬉々とした表情で安田くんのことを話してくれました。

「たっちょんってみんな呼び始めたから俺これからは忠義にするわ」も彼女が教えてくれました。

彼女以外にも私の学年にはジャニヲタが多く、中でもほとんどがエイターで、カラオケに行けばおばちゃんロックを歌ったり、関風ファイティングのPVを見たりしたのですが、当時の私はいくら彼らの魅力をプレゼンされたところで、お化粧したおじさん>>>すっぴんのお兄さん、だったので特別惹かれることはありませんでした。

 

そもそもジャニーズというものにあまり良い印象を抱いていなかったのです。

小学生の頃ごくせんで見た松本潤さんに一目惚れしたり、同じくごくせんで見た亀梨和也さんが好きでMyojoを買ってみたこともありましたが、彼らをアーティストとして見たことは一度もありませんでした。

それどころか、頭振れ首置いてけ!重低音響かせてナンボじゃ!かかってこいや!なバンドばかり好きだった自分は、彼らを内心馬鹿にしていました。

 

「人に作らせた曲でお遊戯して金もらってる」そう思ってました。

 

私が知っていた関ジャニ∞は2006年~2007年とかなり短い期間のもので、大倉くんの印象は「顔はかっこいいけど後ろのほうでにこにこしてるだけの人。空気。」でした。

そんな印象と「深夜のラジオとはいえ当たり障りないことしか言わないんだろうな」という偏見により、「上辺だけの会話」を想像していました。

 

いざ聴き始めて、優くんって話すときはこういう声なんだ、訛ってるなぁ、なんて思っていた中、もう一人のパーソナリティ大倉忠義に気になる部分が出てきました。

「この人すげぇ笑うな」

彼が声を張って話すというイメージがまったくなく、物静かで真面目な癒し系キャラ*1だと思い込んでいた私の偏見が、彼の響く高笑いと共に崩れていくのを感じました。

 

「この人を知りたい」

そう思い、手を出したのが関ジャニ∞クロニクル。(ここでライブDVDや過去に出演した音楽番組を選ばないところで、いかに私の中で彼らが「お笑い要員」になっていたかが垣間見れますね。)

大阪の人達だしテレビでのトークも基本わちゃわちゃしてるから面白い人達なんだろうなとは思っていたけど、ここまでとは思わなかった。まるっといとおしい。

そしてそこに私が知っている大倉忠義はいませんでした。

「(大倉忠義がしゃべってる…えっ、年上のメンバーに噛みついてる…すごい笑ってる……えっ、ねぇ、すごい笑ってる!!!)」

 

彼らのキャラクターに興味を持てた時、曲を聴いてみたいと思いました。

びっくりした。「音楽」をやってた。

そもそも音楽の定義ってなんなんだよお前に何がわかんねんって話だけど、たとえ歌が下手でもかっこいい顔でステップ踏んでりゃ女はもてはやすんでしょ、音楽が駄目ならドラマや映画やってればいいんでしょ、演技が駄目なら適当にモデルとかやってればいいんでしょ、ってずっと思ってた。

 

あと、ジャニーズって入所した時点で勝ち組だと思ってたんですよ。

あんなに大きい事務所なんだしオーディション受かれば一生安泰なんでしょ?って。

デビューまでの時間、デビュー出来ない人達、考えたことがなかった。そんな人達がいることさえも知らなかった。皆が平等に有名になっていくものだとばかり思っていた。

だから彼らが関西っていう不利な状況下で必死にもがいて道を切り開いてきたことを知った時、もう目が離せなくなってた。

 

こうして大倉くんは私の中で「顔がかっこいいだけの人」から、「私の中の偏見をぶち壊して新しい世界を見せてくれた人」になっていきました。

そして関ジャニ∞はアーティストで、エンターテイナーで、最高におもろい兄ちゃん達です。

 

そんな罪な兄ちゃん達と今年は最高の夏を過ごす所存であります!

みんなも気合入れていこうな!!!

*1:音楽番組にゲストで出ていたところを見たことがあり、終始話さずムフフと笑っているだけだったので、大口開けて笑う人だなんて思ってなかった。

私がジャニヲタになるまで①ルーツ編

はじめまして。

関ジャニ∞大倉忠義さんが好きな超ドドド新規ジャニヲタです。

ジャニーズのファンの方々がはてなブログを書いているのを目にする機会が多く、強い自己顕示欲を持つ私もぜひ自分のことを書いてみたい!と思い始めてみました。

 

一番最初の記事ということで、私がなぜジャニヲタになったのか、そしてそれまでは何をしていたのかについて書いてみようと思います。

今回はジャニヲタに至るまでの経緯、ルーツ編です。

 

私が人生で初めて何かのファンになったきっかけは、小学6年生の頃にテレビで見たL'Arc~en~Cielでした。

それまでも音楽は好きで、モーニング娘。(ゴマキ推しでした)のCDを買ってもらったりしたこともあったのですが、それはあくまで「女の子達かわいい~!」「ハロモニ面白い!」といった感じで、「音楽」として意識し好きになったのは彼らが初めてでした。

 

当時テレビの音楽番組で彼らが「叙情詩」を演奏しているのをたまたま見たことで彼らを知りました。

その時のhydeさんのルックスは鎖骨辺りまで髪を伸ばし、前髪はセンター分けにしていました。それを見た私はすぐさまチャンネルを変えました。「男のくせに髪の毛が長いだなんて気持ち悪い」そう思ったからです。

学校と自宅の往復の12歳の少女がロングヘアーの男性と出会う機会はなかなか稀です。

免疫がなく、自分の中の常識とは正反対のものを見せられ拒絶反応が出たのです。

 

それから数ヶ月後、再びテレビで彼らを見ることになります。

その際演奏していた曲は「Link」。

それを見た瞬間、なぜだか、前作とは違いアップテンポで好みの曲だったからか、アニメ映画のタイアップだったからか、歌詞が明るくわかりやすかったからか、hydeさんの髪が短くなっていたからか、とにかくよくわからないけど「とんでもないものに出会ってしまった」と思いました。

そこから彼らが出演するテレビ番組は全て録画し、発売される音源やDVDを揃え、ファンクラブに入会しライブへ行き、ブログを作りファンの方々と交流したり、生活のすべてがラルクで染まっていきました。

 

とは言っても、2008年に3年間のライブ休止が発表され、その後は他のバンドを追いかけていたのでライブに行った回数は4回ととても少ないです。

ライブというものはラルクが初めてで、*1いつも曲を聴いている人達が今自分の目の前で演奏し歌っているという状況はとても衝撃的でした。(ライブ中、私の前の列の人が携帯いじりながらポッキーを食べていたことにも同じくらい衝撃を覚えました。)

 

ちなみに私はtetsuyaさんが好きで、当時の口癖は「てっちゃんと結婚する」。成長していません。

私はtetsuyaさんを好きになり初めてベースという楽器の存在を知りました。「ギターとどう違うの?弦が4本?ギターより少なくて簡単そう!低い音出るの?すげぇ!」(アホ丸出し)

 

そんな大好きな人の結婚報道はまさに青天の霹靂でした。当時親から携帯のネットワーク通信制限をかけられていたので、友人との連絡はもっぱらパソコンでのメールでした。

いつものようにパソコンを開くと同じラルクファンの友人からメールが届いており、そこでそのことを知りました。年離れすぎじゃない?接点は?どこで?なんで?頭の中がパニックになりその日はほとんど何も口にすることが出来ず、3日で2kg痩せたのも今となっては良い思い出。

ちなみに奥様の生年月日は大倉くんとまったく同じです。美男美女が生まれやすい日だったのでしょうか。(第一子ご出産おめでとうございます!)

 

その後中学2年生のとある日、X JAPANに出会いました。

その時点での彼らの情報量は「派手」「うるさい曲」これだけ。

ですがバンドというものに興味を持ち始めていたので、とりあえず色々聞いてみるかと物色していると、ギターってこんなに歪んだ音が出せるんだ、ベースってこんなに目立つ楽器だったんだ、ドラムって壊せるんだ(ごめんなさいふざけました)って。

ただの騒音だと思っていたものが私の中で確実に「音楽」に変わりました。

 

そしてhideさんが大好きになりました。

真っ赤な髪の毛。派手な衣装。暴れまわるようにギターをかき鳴らす姿。オーディエンスを挑発するかのような表情。全てがただただかっこよかった。

ここのバンドのメンバーが一人亡くなっていることは元々知っていて、この人なんだ、って。

もう彼が新しく作る世界は永遠に見ることができないと思うと涙が止まらなくなってしまった時もありました。

 

そのまま、あれよあれよと「ビジュアル系」というものにはまりました。

私の10代はほぼそれで構成されていると言っても過言ではありません。

毎月、下手したら毎週ライブハウスに入り浸っていました。

一番家族に心配と迷惑をかけた時期だと思います。

趣味が合うからといって性格が合うとは限らないことを学んだのもこの時期でした。

だけど、授業サボってライブの何時間も前から友人達と遊んで、くだらないことで一喜一憂して騒いで、それがとても楽しかった。

 

そんな私にも彼氏(現元カレ)というものが出来ました。

ちょうどその頃追いかけていたバンドの方向性やらに疑問を感じ足が遠のいていた時期だったので、タイミングも相まって音楽自体にあまり以前の様に興味を示すことがなくなっていきました。

 

そんな時、彼に教わったもの。

ラーメンズ 

水曜どうでしょう

 

皆様ご存じでしょうか。

①は食べ物ではありません。小林賢太郎片桐仁というおじさん2人によるコントグループです。コントと言ってもテレビのお笑い番組でやっているようなものではなく、どちからと言えば演劇寄りのもので一つのコントが大体10分以上と長めです。面白い!ゲラゲラ!というより、ほぉ…面白い…といった感じかと。

興味がある方は一度YouTubeで「不思議の国のニポン」と検索してみてください。私はこれでまんまと落ちました。

(8月、KAJALLA見に行きま~す!イェ~イ!)

 

②の水曜どうでしょう、名前は聞いたことあるって方は多いのではないでしょうか。

皆様ご存じ大泉洋さん、大泉洋さんが所属する事務所の社長(現会長)鈴井貴之さん、北海道テレビディレクター藤村忠寿さん、同じくディレクターの嬉野雅道さんの4人が旅をする番組です。

旅番組と聞くと、日本各地出向き、観光スポットを巡り、美味しいものを食べ、なんて想像しますよね?違います。

彼らの旅は、東京から北海道までサイコロを振り出た目に従って移動する、14時間深夜バスに乗せられる、47都道府県の絵葉書をめくり出た土地を時間の許す限り出向く、東京から北海道まで原付バイクだけで移動、などとにかく理不尽と不本意のオンパレード。

気になる方は「夏野菜スペシャル」を見てみてください。私はこれでまんまと落ちました。

 

その後大泉さんの所属する演劇ユニット「TEAM NACS」に出会います。

推しは安田顕さんです。彼は天才です。

3月上旬に友人に舞台のDVDを全作貸したのですが未だに返ってきていません。

 

バンギャルから一転、すっかり演劇にはまった私がある日バイト先に提出するための証明写真を撮りに行ったスタジオで担当してくださった方がパソコンで流していたことをきっかけに、この人を知ることになります。

高橋優さん。

なぜ彼が気になったか、理由はただ一つ。「元カレに似ていたから」*2

うわ~似てるなぁ、黒髪眼鏡だぁ、好きだなぁ、なんて思っていたら「福笑い」を知り「東京メトロの人だ!」となり、そこからちょいちょい曲を聴くようになりました。

しばらくして彼が深夜にレギュラーのラジオ番組をやっていることを知り、試しに聞いてみることにしました。

 

これが大倉忠義さんとの出会いです。

 

 

次の記事ではそこからについて書きたいと思います!

*1:2003年に行われたモーニング娘。のミュージカルを祖父と見に行き、演劇終了後にライブがあったのですが、突然客席が暗転し、今まで静かに座っていた周りの男性達が一斉に立ち上がり叫び出したのがあまりにも怖くて、半べそをかき「帰る!」と祖父に申し出て途中退場しました。

*2:実際の元カレは優くんほどかっこよくはありません。輪郭をシャープにし可愛げを取っ払ったような顔でした。